母校紹介

校章

 法政大学第二高等学校の校章は、大正(1919)年に大学令による大学予科が設置された折、法政大学予科の徽章として制定されたのがはじまりです。

 徽章の中心に「Hosei」の頭文字である“H”、下は「University」の頭文字である“U”を表わし、上に王冠を戴いています。この王冠はフランス型の王冠であり、法政大学の前身である東京法学社において自由民権と自然法を謳歌したフランス法思想を命脈として、教学の指導者にあたられたボワソナード博士に由来していると伝えられています。また、中心の“H”は「Hope」の意味も含ませ、純情かつ潔白な青年の希望を、金モールの王冠のペンと剣は文武両道に優れた紳士で教養ある人物の要請を象徴するものであると言われています。

 戦後の学制改革に伴い、予科が大学教養部になった際に法政第二高等学校の校章になりました。

校歌

法政大学 校歌

佐藤 春夫 作詞
近衛 秀麿 作曲

1 若きわれらが命のかぎり
  ここに捧げて(ああ)愛する母校
  見はるかす窓(の)富士が峰の雪
  蛍集めむ 門の外濠
  よき師よき友つどひ結べり
  法政 おお わが母校
  法政 おお わが母校


2 若きわれらが命のかぎり
  ここに捧げて(ああ)愛する母校
  われひと共にみとめたらずや
  進取の気象 質実の風
  青年日本の代表者
  法政 おお わが母校
  法政 おお わが母校

沿革

草創期の法政二高(1939~1945年)
1939(昭和14)年
4月 法政大学第二中学校として創立 井本健作氏、初代学校長に就任
5月 保護者会発足
1940(昭和15)年
3月 二中校友会誌『大空』発刊
1943(昭和18)年
9月 井本校長辞任に伴い、井上達三陸軍中将が第2代学校長に就任
1944(昭和19)年
5月~ 勤労動員(三菱ドック、池貝自動車など)
1945(昭和20)年
5月 戦災による校舎全焼
9月 予科校舎を利用して授業開始 井上校長辞任に伴い、野上豊一郎学監が第3代学校長を兼任
戦災復興と法政二高(1946~1959年)
1946(昭和21)年
3月 予科長太田悌蔵氏、第4代学校長を兼任
10月 法政二中「生徒自治会」結成
11月 法政大学第二中学校同窓会発会式
12月 法政大学中等部組合結成
1948(昭和23)年
2月 第1期復興校舎落成(平屋建4教室)
4月 学制改革により法政大学第二高等学校として発足
7月 保護者会を解散し、育友会(PTA)結成
1949(昭和24)年
10月 創立10周年記念事業実施(校舎の整備・美化)
第2期一次校舎落成(4教室)
1950(昭和25)年
4月 法政二高『白塔体育年鑑』発刊
10月 第2期二次校舎落成(6教室)
1951(昭和26)年
2月 『白塔体育年鑑』に文化部活動も組み入れ、『法政二高』創刊
4月 生徒自治会「生徒会」と改称
1952(昭和27)年
2月 第3期校舎落成(10教室)
8月 硬式野球部、全国高校野球選手権大会に初出場
10月 第4期校舎落成(8教室)
11月 生徒会会則制定、即日施行
1953(昭和28)年
9月 体育館落成
12月 法政二高教員組合結成
1956(昭和31)年
4月 生徒ホール、新教員室落成
1957(昭和32)年
8月 硬式野球部、全国高校野球選手権大会に出場し、準優勝
1958(昭和33)年
1月 企画委員会発足
4月 研究紀要である『研究と評論』創刊
1959(昭和34)年
6月 太田校長辞任に伴い、門司三省教頭が第5代学校長に就任
高度成長期の法政二高(1960~1980年代)
1960(昭和35)年
3月 門司校長辞任に伴い、藤間嘉雄氏が第6代学校長に就任
8月 硬式野球部、全国高校野球選手権大会において優勝
1961(昭和36)年
4月 硬式野球部、全国高校野球選手権大会において再び優勝
7月 企画委員会設立(教員による学校運営を担う体制の確立)
8月 硬式野球部、全国高校野球選手権大会に7度目の出場を果たす
1962(昭和37)年
4月 法政二高創立記念日を5月1日に決定
5月 教育方針「平和的、民主的、自主的青年の育成」を確定
7月 『育友会会報』創刊
11月 二高祭において二高生が朝鮮中高級学校生徒を殺害する事件(11・3事件)が発生
12月 事件の反省の上に立ち、教育方針に「民族」の課題を位置づける
1963(昭和38)年
6月 第1期校舎建築落成(24教室)
1965(昭和40)年
11月 法政二高奨学金制度を設定
1966(昭和41)年
1月 第2期校舎落成(特別教室・管理部門)
3月 育友会教育研究所を設置
4月 生徒会第1回代議員大会を開催
8月 藤間校長辞任に伴い、二高教諭の佐伯有清氏が第7代学校長に就任
1968(昭和43)
10月 『かがやく法政二高』発行
1969(昭和44)年
4月 佐伯校長辞任に伴い、二高教諭の石原寿氏が第8代学校長に就任
6月 木造2階建部室が不審火により消失
7月 二高・工業の体育部部室が不審火により消失
10月 『法政二高教育の三十年史』出版
1970(昭和45)年
9月 育友会の寄贈で生徒会館落成
12月 育友会公害研究所設立
1971(昭和46)年
3月 映画「法政二高」制作される
1972(昭和47)年
8月 石原校長の法政女子校校長就任に伴い、馬場昌平氏が第9代学校長に就任
1973(昭和48)年
3月 「生徒心得」制定される
1975(昭和50)年
2月 木月総合会館落成
1976(昭和51)年
4月 法政二高、法政工業高校と合併
石原寿氏、第10代学校長に再任
1978(昭和53)年
8月 軟式野球部、全国大会において準優勝
12月 山岳部が二高創立40周年を記念し、OBと共にヒマラヤ登山
1980(昭和55)年
3月 バレーボール部、春の全国選抜大会出場
1982(昭和57)年
4月 トレーニングセンター開設
7月 硬式野球部、全国高校野球選手権大会神奈川県大会において優勝
1983(昭和58)年
5月 化学部、安藤為次賞を受賞
教養学校開設
1984(昭和59)年
3月 バレーボール部、春の全国選抜大会で準優勝
硬式野球部、全国選抜高校野球大会に出場
4月 法政二高・工業高卒の弁護士で構成する法曹会が発足
7月 法政二高卒の下川禎氏がフェンシング選手としてロサンゼルス五輪に出場
8月 バレーボール部、高校総合体育大会で全国優勝
9月 新プール落成
バレーボール部、国民体育大会で優勝
11月 バレーボール部、川崎市文化賞受賞
1985(昭和60)年
8月 フェンシング部、全国選抜大会で団体優勝
11月 バレーボール部、神奈川スポーツ賞受賞
フェンシング部、川崎市文化賞受賞
12月 沖縄修学旅行を復活
1986(昭和61)年
1月 バレーボール部、中国へ親善試合
4月 法政大学第二中学校開校
1987(昭和62)年
8月 水泳部、全国高校総合体育大会100メートル自由形で優勝
吹奏楽部、オーストラリアに演奏旅行を実施
1988(昭和63)年
7月 硬式野球部、全国高校野球選手権大会神奈川県大会優勝
12月 アメリカンフットボール部、全国高校選手権大会で全国優勝
平成の夜明けと法政二高(1989年~1990年代)
1989 (昭和64/平成1) 年
4月 石原校長退任に伴い、大越嘉七副校長が第11代学校長に就任
6月 陸上競技部、南関東高校陸上大会1,600メートルリレーで高校新記録樹立
7月 アメリカンフットボール部、ハワイ遠征を敢行
10月 『法政二高五〇年史』刊行
12月 アメリカンフットボール部、全国高校選手権大会で再び全国優勝
1991(平成3)年
8月 剣道部合宿中に生徒が死亡する事故が発生
10月 事故の教訓から第1回監督・コーチ懇談会を開催
1992(平成4)年
4月 大越校長退任に伴い、鈴木養身氏が第12代学校長に就任
二中高特別教室棟竣工
12月 アメリカンフットボール部、全国高校選手権大会優勝
1994(平成5)年
4月 家庭科を導入した新カリキュラム実施
生徒会文化連盟広報紙「BUNKA」創刊
1996(平成7)年
10月 新体育館落成
1998(平成10)年
4月 鈴木校長退任に伴い、遠藤節昭氏が第13代学校長に就任
吹奏楽部、ドイツ・オーストリア演奏旅行を実施
バレーボール部、春の高校バレーでベスト4
8月 歴史研究部、全国高等学校総合文化祭で岩永実郷土文化賞受賞
1999(平成11)年
8月 バレーボール部、インターハイで全国準優勝
9月 吹奏楽部、ドイツマンハイム音楽院とジョイントコンサート実施
12月 ラグビー部、全国高校ラグビーフットボール選手権大会に初出場
21世紀の法政二高(2000年~)
2000(平成12)年
12月 アメリカンフットボール部、全国高校選手権大会に出場
2001(平成13)年
8月 ハンドボール部・バスケットボール部、県高校総体優勝・インターハイ出場
2002(平成14)年
9月 PC教室完成
12月 ラグビー部、全国ラグビー大会に出場
2003(平成15)年
10月 フェンシング部、国民体育大会秋季大会初出場
演劇部、県高校演劇発表会で最優秀賞し、関東大会出場
ホッケー部、県選抜で国民体育大会に出場し、優勝
2004(平成16)年
7月 3付属校によるアメリカ・カリフォルニアEIT研修開始
演劇部、全国高等学校演劇大会に初出場し、優秀賞・文化庁長官賞受賞
10月 フェンシング部、国民体育大会団体・個人優勝
11月 サッカー部、全国高校サッカー選手権大会予選、準優勝
12月 ラグビー部、全国ラグビー選手権大会県予選優勝
2005(平成17)年
4月 遠藤校長退任に伴い、松本勝氏が第14代学校長に就任
8月 ハンドボール部、全国選抜大会で準優勝
2006(平成18)年
4月 ゼロ時限目、e-Learningの導入など英語学力向上の取り組み開始
8月 ハンドボール部、国民体育大会で優勝
2007(平成19)年
4月 新カリキュラム実施
8月 社会科学研究部、全国高等学校総合文化祭社会科学部門で最優秀賞を獲得
2008(平成20)年
4月 松本校長退任に伴い、榎本勝己氏が第15代学校長に就任