卯月
日本こころ歳時記
違いを知る若き国際人へ贈る日本文化ガイド~桜に願う~
◆皛春を告げる“心の華”-桜
四月は春。いっせいに花開く季節…なかでも代表は桜。“三日見ぬ間の桜かな”という言葉もあるように桜は散りやすい。たしかに桜の花一つ一つは開花後、七日間程で散るが木全体では完全に散るまで約二週間も咲き続く。
この間に春の嵐に見舞われるので桜は“散る花”のイメージが強いのだろう。満開の姿が見事なだけに、散り際の潔(いさぎよ)さが讃えられ“花は桜木、人は武士”と言われ、桜は心の華として親しまれてきた。そして「花吹雪」や「花明かり」などの季語を生み、仰ぎみる人々に多彩な想いを抱かせてきた。“さまざまな事、思い出す桜かな(芭蕉)”はその一つ。
◆桜の美意識は『古今和歌集』以後…
『万葉集』には桜より梅が圧倒的。梅は中国からの渡来樹で色香が貴族に鑑賞花として珍重された。桜が詩歌に詠まれるのは『古今和歌集』以後…一方、農耕を営む先祖は田畑の仕事に入る時期に決まって咲くため「種(たね)蒔き桜」「田打つ桜」と呼んだ。
◆花見の始まりは信仰心から…
民俗学の折口信夫(しのぶ)は桜の「サ」は稲の神を示し」クラ」はその神が座る神座(かみくら)を指すと説いている。五月、五月雨(水垂れ)、早苗、早乙女すべて「サ」は稲にか関わっている。つまり桜は稲の稔りを左右する神の花だった。
もし、桜の花が早く散ればそれは神の力の衰えを示し、秋の凶作を暗示する。従って春の農作業に先駆け、桜の花の下で酒宴を開き、神に酒肴をすすめ、舞いを見せ、歌を聞かせて神を饗応し、桜が散らないように約束させ、秋の豊作を願った。これが“花見”の起源なのだ。
◆桜に込めた庶民の知恵と美意識
春の桜が秋の収穫につながるとなれば、桜の散るのを嫌うは当然。そこで生まれた神事の一つが“鎮花祭(ちんかさい)”。京都・紫野の今宮神社では四月の第二日曜日に行っている。別名、“安居祭(やすらいまつり)”と呼ばれている。桜花の散るのを鎮め、疫病神(えきびょうかみ)も“やすらぐ”事を願った祭りだ。
農事暦とは別に我が国では渓谷の清流に散って流れる桜の花びらを花筏(はないかだ)と名づけた美意識は、蒔絵師の手で洗練され、漆の工芸品を美しく飾った。
◆春に秋の収穫を祈ったのは東西共通…
Cheeryを辞書で引くと、上機嫌、愉快、活気づける、陽気にすると出ている。桜の咲く姿が華やかだからだろう。この花は人を快活にすると共に何か神の微笑みに会った気にさせる。古代ゲルマンの民俗に若い男女が森へ入り、サンザシの若い枝を折り、頭に被り秋の収穫を願った。春に芽吹く花のエネルギーに限りない生命力を感知した姿勢は東西共通といえよう。
国際人とは自国の文化という鏡で異文化を映し“違い”を理解する事が第一条件だ。
各民族が互いに違いを認め合ってこそ国際化といえよう。誇りをもって自己への認識を深め、相手国を理解するためにも、若人よ!確かな鏡をもとう!
S. Y. J