2005.11.24
同窓会よ 橙と紺の鮮やかな組紐であれ
我々はさまざまな縁(えにし)のなかで多様な糸に結ばれ社会生活を営んでいる。我等が同窓会も同様…。卒業生と在校生、さらに学校と大学とオレンジとブルーの糸で結ばれ、その「結び目」に同窓会が位置している。「結」という字は会意兼形声文字で“糸や紐で入る口をしっかりとくびる事”と漢和辞典にある。
その背景から“しっかりした結束の強さ”が浮かび上がる。この「結」こそ同窓会のキーワードになるのではないか?因に「結(ゆい)」を辞書でを引くと“田植えや屋根替え、味噌搗きなど、一時に多くの労力を要する際、お互いに人手を貸し合う事”とある。つまり互いに助け合う結束の強い姿勢は現代の言葉で換言すれば「組織」そのものとも言えよう。
「組」は“ソ”と訓じ“くむ”とも読む。さらに組の旁(つくり)「且(しゃ)」は物を重ねたさまを示す事から「組」だけでも何本かの太糸を上へ上へと重ねるように編んむ組紐(くみひも)をも意味する。
“多寡が紐”と言ってはならない。単なる一本の組紐といっても我が国の「紐(ひも)」は考古学・歴史学・美術史・民俗学・風俗学にわたる膨大な要素を内蔵している。いま各分野への探索は避けるが、一般に紐は端と端を「結んで」初めて機能する。
ここで「組織」の核を成す「結(ゆい)」との共通点を改めて意識するのは当然だろう。と同時に「結い」に由来する「結ぶ」の語源の「産(む)す」へ好奇心がそそられる。
では「産(む)す」とはなに?「産」の字は『古事記』の冒頭に登場する造化三神の一人=高皇産霊神(たかみむすびのかみ)にみられる。この「産」は“生み出す”の意だ。唐突だが我々男子は両親から生まれた“息子(むすこ)”で姉や妹は“娘(むすめ)”だ。共通しているのはどちらにも“むす”がある。つまり両親が「結ばれ」=「産した」結果が我々なのだ。
このように「結い」=「結ぶ」=「産(む)す」は身近に存在するが、古く縄文期の土器に残された圧痕=縄目の文様も撚り紐とする説もある。縄も紐も“撚り合わされたもの”でこれは意外にも“蛇のイメージ”に基づいていると言われている。
なぜ蛇なのか?古代の人々は蛇の脱皮の習性に生命の再生を凝視したからに他ならない。その逞しい生命力はいまも“神社のしめ縄”になり、相撲の横綱の“綱そのもの”にも継承されている。活力の象徴とした心が明瞭だ。
結論を急ごう。同窓会は人と人との結び付きで成り立ち、多くの人材で支えられている。願わくば同窓会よ、鮮やかな組紐であれ!色どりも多彩にエネルギッシュな輝きこそ、いま求められているのではないだろうか?
佐伯 仁(第13期)